Los Niños Vallenatos


 古くから地元で歌い継がれてきた大衆音楽が商業音楽に圧倒されるなか、ラテンアメリカ各地で、豊かな音楽的伝統を承継してゆこうという試みがなされています。コロンビアは、音楽家、ファン、メディアから政府まで一体となって「わが地元の音楽」をもり立てていこうという姿勢が他の国と比較して顕著ですが、その中でも、セサル県バジェドゥパル市在住の音楽家アンドレス・トゥルコ・ヒルが、40年前に自宅の庭先で近所の子どもたちにアコーディオンを教えることから始まった学校「ロス・ニーニョス・バジェナートス」は、もっとも成功しているプロジェクトといえるのではないでしょうか。
 同時に、バジェナートが演奏されるコロンビア東部大西洋岸地方は右派民兵と左翼ゲリラの対立する土地でもあることから、この学校は、そうした紛争で傷ついた子どもたちに音楽を通じて喜びを与えることをも目的としています。校長先生によると、生徒の80%は避難民や傷ついた子どもたちだそうです。
 私がこのプロジェクトについてもっとも成功したものの一つと考えているのは、単に立派なことをしているというだけではなくて、その活動が、バジェナートが「田舎の貧乏人の音楽」とさげすまれていた頃からコロンビアを代表する伝統文化と呼ばれるようになるまで、既に30年以上も続いていること、コロンビア文化の親善大使として外国にも紹介されるなど、社会から高い評価を得ていることと、在学生や卒業生が各地のフェスで活躍し、さらにはプロのミュージシャンになるなど、有望な人材をコロンビア音楽界に多数供給していることによります。
 そうした評価を前提に、成功の要因と、それに伴う軋轢にどう折り合いをつけているのか(たとえば、「社会の評価」には地元行政府の支援もありますが、地域の門閥政治家には右派民兵と深いつながりを持つ一族がいます。また、プロになった卒業生も、仕事ではおおむね商業化されたポップス調というかランチェーラ風のバジェナートを演奏しており、必ずしも伝統音楽を承継しているわけではありません。)、人々の意識や生活様式が変わる中、旅芸人による「歌う新聞」として機能していた伝統的なバジェナートから、どのような要素やエネルギーを救い出そうとしているのか、とても興味のあるところです。