Ojalá que me mate Dios / Dáme la mano prima

 マリア・ムラータがデビュー作で演奏したブジェレンゲは、コロンビアの大西洋岸地方に伝わるダンスと音楽です。現在、この音楽がさかんに演奏されているのは東から西にあげると、ボリバルカルタヘナ市、スクレ県オベハス市、国内最大のフェスティバルが開催されているコルドバ県プエルト・エスコンディード市、アンティオア県ネコクリ市、さらに国境を越えてパナマダリエン地方などで*1、大西洋岸のうちの西部地方ということになります。
 2010年1月になくなったこのジャンルの著名な歌手エテルビナ・マルドナードです*2

 この音楽の起源について、いくつかの資料では、サンバシリオなどこの地域に点在したシマロン(逃亡奴隷)の集落(パレンケ)で、コミュニティの中の儀式〜誕生祝い、思春期を迎えた少年少女のため儀式、女性の妊娠、葬式などなど〜におけるダンス&音楽として生まれ、それがコミュニティの中で伝承されたものと説明されています。例によってその真偽を確認する確実な手段はないのですが、この音楽が今もアフロ系の住民の多い集落で演奏されていること、ワンフレーズごとにコール&レスポンスを繰り返す形式、メロディなどコスタの音楽の中でもマパレーとならんでアフロ系の要素が際立っていることからすると、そうした説明に一定の説得力を感じます。なお、いくつかのクンビアに関するスペイン語の記述では、ブジェレンゲもクンビアが母体になったと書かれているものがありますが、私がそう思わないのはこれまで書いたところに示した通りです。ダンスのステップ(特にブジェレンゲ・センタオのすり足)や輪になって踊るスタイルにはクンビアとの類似性がうかがえますが*3、歴史的にはむしろブジェレンゲ(より正確には現在ブジェレンゲと呼ばれるようなタイプの音楽)がインディヘナ系の楽器やメロディを受け入れることにより、クンビアの母体になったとさえ想像できるように思います*4


 この音楽のもう一つの特徴は、多くの場合女性によって歌われることです*5。この点については、これが(漠然と)アフロ系の伝統に由来するという説明、アフロ系のコミュニティで男性のいないところでのみ歌や踊りを許された女性たちの中から発達したという説明がされています*6。確かにこのジャンルは家事やその最中に目にとまりそうな光景を取り上げた歌詞が目につくし(これは今度のマリア・ムラータのインタビューで聞くつもり)、男性が歌うものもあり、これはこのジャンル全体の特徴というよりはこの音楽が各コミュニティでどう社会的に機能していたかによるのかなという感想を持っています。
 マリア・ムラータのディアナ・エルナンデスが弟子入りしたエロイサ・ガルセスです。撮影場所はプエルト・エスコンディード、Festival y Reinado Nacional del Bullerengue(「ブジェレンゲの黄金時代国民的フェスティバル」とでも訳すのでしょうか。いい訳がみつかりません)です。彼女も2009年2月に亡くなりました。壮年期まで複製メディアがなかった時代の人は本当にもう少ないですね。

 ブジェレンゲにはブジェレンゲ・センタオ(bullerengue sentao)、ブジェレンゲ・チャルパ(bullerengue chalupa)、ブジェレンゲ・ファンダンゴ(bullerengue fandango)があり、この違いは主としてダンスのスピードと腰の動きの激しさによるとのことです。もっとも遅いのがセンタオ、それより速いのがチャルパ、ファンダンゴは跳ねるようなリズムが特徴です。クンビアにも共通しますが、4分の2拍子と8分の6拍子が自然に連続しているというか演奏者はまったく別のものとは区別していない感じも受けますね。
 まずブジェレンゲ・センタオ。プエルト・エスコンディードのフェスティバルです。

 これはブジェレンゲ・チャルパ。

 ブジェレンゲ・ファンダンゴです。

 来日するマリア・ムラータの演奏です。最初にネコクリのアフロ系コミュニティで歌ったときに“¡ Ay, cachaca canta !(おやまあ、ボゴタっ子が歌ってるよ!)”と言われたそうですが*7、本当にそうですね。

 その他のこのジャンルに関するエントリーは以下のとおりです。
・ http://d.hatena.ne.jp/Genichi_Yamaguchi/20110625/1308986584
・ http://d.hatena.ne.jp/Genichi_Yamaguchi/20110625/1308992993
・ http://d.hatena.ne.jp/Genichi_Yamaguchi/20110626/1309052405
・ http://d.hatena.ne.jp/Genichi_Yamaguchi/20110626/1309053640
・ http://d.hatena.ne.jp/Genichi_Yamaguchi/20110626/1309087182

*1:http://bit.ly/mHttH パナマとコロンビアは1903年までは同じ国ですから不思議ではありません。

*2:ディアナ・エルナンデスボゴタで彼女のブジェレンゲを聞いたのがこの音楽に取り組むきっかけだったそうです。

*3:Guillermo Abadía Morales“La Música Folklórica Colombiana”はブジェレンゲをクンビアの一種としています。ただしここでいうクンビアは「コスタのアフロ系舞曲」という広い意味です。

*4:たとえば、サンマルティン・デ・ロバ市(ボリバル県でクンビアの発祥地域とされる“デプレシオン・モンポシーナの中心地)出身のマルティナ・カマルゴは「むかし私が子どもだった頃、夜になるとテレビも電気もなくって、ただ一つの楽しみは夜みんなでロンダを踊ることだったの」といって、ブジェレンゲの名曲“La Pava echá”を歌っています。http://bit.ly/mWyCTw

*5:語源にもロングスカートから来ているとか、マタニティドレスに由来するとかもっともらしいことがいわれているようです。私はよくいわれる「ブージャ+メレンゲ」のほうがしっくりきますけどね。

*6:たとえばエスペクタドール紙が紹介する音楽研究家の発言http://bit.ly/r55t7m

*7:ディアナ・エルナンデスサンタンデール県の出身ですが大学はボゴタのハベリアナ大学です。