La tirana


 ダリオ・ゴメスは、セールスも桁違いですが、「その歌でコロンビア人にどれだけアグアルディエンテを飲ませたか」という統計とれば、ダントツでしょうね。コロンビア人、特にソナ・カフェテーロ*1の人と酒飲むと、「なんだかんだいってもコロンビア人は最後はこれ!」と力説されますよ。
 歌詞はそのうち。アンティオキアの原風景ともいえる彼の歌は*2、7歳からコーヒー農園で働きはじめた貧しい少年時代、ベネズエラに出稼ぎに行き、裸同然で強制送還をされた青年時代*3、下積み時代にメデジンで娘が殺害された事件〜この悲劇から彼の一世一代の名曲“Nadie es eterno en este mundo”が生まれています〜、離婚後も金をせびり続ける元妻と娘たちとの確執*4など、波乱に満ちたその人生が色濃く反映されたものになっています。
 「波乱に満ちた」と書きましたが、1951年あたりに生まれたアンティオキアの貧農出身者は、みなどこかで似たような経験をしているはずで、みなさん彼の歌に自分の人生を重ね合わせているのでしょうね。

Te recibí el corazón con toda el alma,   私は全霊をかけておまえの心を受け止めた
No me arrepinto a pesar que tu traición    おまえには裏切られたが後悔はしていない
Al darme cuenta que eres una tirana     私はおまえが暴君であることに気がついたのに
me enamoré y el destino me engaño,     おまえを愛してしまった 運命が私を騙したのだ
Habiendo tantas mujeres en el mundo     この世界にはこんなに多くの女がいるのに
tenías que ser tú mi única desesperación.    おまえは私をこんなにも絶望させる唯一の女だったのだ


Me diste el corazón y me lo diste herido,    おまえは私に心をあたえ そして私の心を傷つけた
Otro amor te enganó y tu enganaste el mio     他の男がその愛でおまえを騙し そしておまえは私の愛を騙した
Porque eres tan tirana con él que sabe amarte,    なぜおまえを愛するすべを知る男にたいしてそんなにも暴君なのか
Debías de matarme para ya olvidarte    おまえは私がおまえのことを思い出すことがないようにと 私を殺してしまったに違いない


Porque tenías que ser tan tirana,    なぜおまえはあんなにも暴君だったのか
Tirana ya no más,    暴君よ もうたくさんだ
Mi pobre corazón, ya no te aguanta más   私の惨めな魂はこれ以上おまえに耐えられない


Siempre que hago el intento de olvidarte    いつも私はおまえを忘れるようと試みた
Oye tirana no lo puedo lograr     だが暴君よ 私は未だにおまえを忘れられないのだ
Siento los mismos deseos de besarte    おまえにキスをしたいという望みを感じているのだ
Oye tirana tu me vas a matar,    暴君よ おまえは私を殺してしまうだろう
Habiendo tantas mujeres en el mundo    この世界にはこんなに多くの女がいるのに
y yo solo contigo me tenía que encontrar,    おまえと出会わなければならなかったなんて

 この歌はYahoo Japanでブログをしていたときにも紹介したことがあるのですが、まさにアンティオキア歌謡の世界ですね。「コロンビア音楽お勉強編」で紹介できませんでしたが、アンティオキアの歌謡曲は、音楽的にはランチェーラをパイサ化したものと、コロンビア音楽(バンブーコやポロなど)をベースにパイサ感覚*5、を盛り込んだものに分けることができると思います。“Despecho”と呼ばれるジャンルには前者が多いです。クンビアがメキシコで土着化したのの逆ですね*6。“Despecho”の名曲は、逆にランチェーラに採用されていますが、それも機会があれば紹介したいと思います。

Nuestro Idolo

Nuestro Idolo

*1:カルダス、リサラルダ、キンディオ、さらにアンティオキアの南半分、バジェデルカウカの北半分。日本人と友だち付き合いをしているコロンビア人は、たぶんこのあたりの出身者が一番多いはずです。

*2:映画“La Virgen de los sicarios(殺し屋たちの聖母)”でも、貧しい家が並ぶサントドミンゴサビオ地区のバックに流れていました。フアネスも昔のインタビューで、ディオメデス・ディアス、ジョエ・アローヨ、オクタビオ・メサとともに好きな歌手にあげていました。

*3:「服をとりにいくこともできなかった」とのことなので。全裸で送還されたわけではないと思いますが、一文無しでククタで放り出されて、どうやってメデジンまで帰ろうか途方に暮れたそうです。ベネズエラ時代に書いた60曲の楽譜を持ち帰ることもできなかったとのこと。

*4:もちろん、これについては相手の言い分も聞かないと真相は分かりません。

*5:よく指摘されるのが、強い郷土意識と、新しいものに対するチャレンジ精神、商売に対する高い意欲、執念深さ、豊かな言語感覚で、日本でいうと大阪のイメージでしょうか。

*6:でも、コロンビアでは、これぞ“ランチェーラ”だ、“コリード”だっていってないし、ぜんぜん関係ない国の人が、これをデジタル化して“メキシコ音楽”って紹介してないでしょ。コロンビア人が“デジクン”をよく思わないのは、そういうことなんですよ。