Pueblito Viejo

Lunita consentida colgada del cielo   天からつり下げられたかわいらしい月
como un farolito que puso mi Dios   まるで神様が
para que alumbrara las noches calladas   わが心の故郷の小さな町の
de este pueblo viejo de mi corazón.  静まりかえった夜を照らすためにすえた街灯のよう 


Pueblito de mis cuitas, de casas pequeñitas,    小さな家が連なる わが悲しみの町よ
por tus calles tranquilas corrió mi juventud    私の青春時代は 静かなおまえの街角を走りぬけた
por ti aprendí a querer por la primera vez    おまえから私は初めて人を愛することを学んだのだ
y nunca me enseñaste lo que es la ingratitud.   でも薄情がどういうことかは 決して教えてくれなかったのだね


Hoy que vuelvo a tus lares trayendo mis cantares    今日私は私の歌をたずさえながら あまたの苦しみの末に病んでしまった私の魂とともに
y con el alma enferma de tanto padecer    ふたたびおまえのかまどに戻ってきた
quiero pueblito viejo morirme aquí, en tu suelo,   わが小さな町よ 私はおまえの土の上で死にたいのだ
bajo la luz del cielo que un día me vió nacer.   ある日私が生を受けた太陽の光につつまれながら

 サンタンデール県出身でコロンビア・アンデス山岳音楽の分野のもっとも重要な作曲家のひとりであるホセ・アレハンドロ・モラレスの作品です。あまりにも美しいこの歌は、コロンビアのパシージョ*1ではたぶんもっとも有名な作品で、「コロンビア人で歌えない人は・・・」というレベルかも知れません。モラレスは1978年にボゴタで亡くなっていますが、彼の亡骸はこの歌にあるように、故郷のエル・ソコロ市(http://t.co/DZm2AOs)で埋葬されています。


 コロンビア人移民の両親をもつアメリカ人歌手のソラヤです(ちなみに彼女の母方は同時期にデビューしたシャキーラ同様レバノン系だそうです。)。彼女は幼いときにおじさんがティプレ(コロンビアの12弦ギターです)で演奏したこの曲を聴いて、音楽に関心を持つようになったそうです。私は彼女のファンだったのですが、乳がんを患い、長い闘病生活の末、2006年に37歳の若さで亡くなってしまいました。